良心の運んできた『お加護』(2)

 一日に2000ccから2500ccの排尿が続き、どんどんお腹は小さくなっていきました。Tさんや和歌山のS医師にも、そのことを電話で知らせると、心から喜んで下さいました。

 でも、まだ週一回のピシバニールの注射の副作用で毎日熱が出て、夜中には寝汗でびっしょりになりました。それが冷えて、朝、起きるときには寒くて布団から出るのに勇気が要りました。12月の、寒い季節に、よくこんなに汗がでるものだと驚くほど、シャツもねまきも湿っていて寒くて起きられないのです。急いで着替えて、毎朝お風呂に入るのが日課になっていました。

 お風呂に入ると、とても疲れるのですが、汗を流さないと気持ちが悪いので、朝まだ熱の出ないうちに入るようにしていました。
 夜は熱が出て悪寒がし、とてもお風呂に入る元気はありませんでした。

 断食道場でも、一日一回体を空気に触れさせ、皮膚呼吸をしやすくしたり、入浴により体を温めて血行をよくすることが大事だと教えられていました。
 
 12月の末、日に日に元気になり、食欲も出てきた私を見て、見舞に来てくれていた両親は喜んで鎌倉へ帰っていきました。
 両親が来た日を境に体がよいほうへ向いていったのは、両親が、そろって朝夕拝んでいる神様のお加護を運んで来てくれたからのような気がします。

all

この記事は昭和62年10月発行の書籍『「主治医」はだんなさま』より転載しています。


ページの
トップへ