不吉な予感(2)

 隣室には60歳代のおじいさんが入っておられ、奥様がずっと泊まり込みで看病しておられました。24時間点滴をし、寝たきりでした。
「胃潰瘍の手術をして5カ月になるのに、全く食べ物が口にできず、吐き気が続いているのです」
と、奥様はいっておられませひた。

 私が入院して一カ月ぐらいしてからのことです。なかな寝つけず時計ばかり見ていた頃でした。午前二時頃、「おい、おい」と、奥様を起こす声が聞こえてきました。吐き気のために口を漱ぐうがいの音がよく聞こえていたので、私は、また吐き気でもして起こしておられるのかと思っていましたが、そのうち「アーッ」とか「ウーッ」とか、うめき声が聞こえてきました。痛みがひどいのか、とても苦しそうでした。
「おとうちゃん、どうしたの?痛いの?」
と、奥様は何度も声をかけていました。看護婦さんの走って来る足音が聞こえ、
「しっかり!しっかりして!」
と呼びかけている声が響きました。先生も来られ、何か手当をしている様子でした。

-断末魔の声とは、あのようなものでしょうか。私はすっかり目が覚め、布団を頭からかぶって身をかたくし、じっとしていました。
 そのうち静かになり、先生が出て行かれる足音がしていましたが、顔を出したら悪いような気がして、じっとしていました。

 朝、ドアを開けたら、ドアの下にメモが挟んであり、「昨夜はおさわがせしてすみません」と、きれいな字で書いてありました。夫を亡くし、気も動転しているときに、このような気配りのできる方があるのかと、感心しました。長い看病でお疲れだったでしょうに。いつもにこにこ明るくしていて、とてもよい方でした。本当にお気の毒でした。

ch1-16

この記事は昭和62年10月発行の書籍『「主治医」はだんなさま』より転載しています。


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