「おまえは、末期癌なんだよ」(1)

 いよいよ”俎板の鯉”にならねばならないのかと思っていたとき、主人が「断食道場に行かないか」といい出しました。「断食をすると腹水がとれるから」というのです。私は、「断食なんかするくらいなら死んだほうがましだ」といって、一週間駄々をこねていました。

 しかし、もう先生とも話がついていたらしく、六月中旬のむし暑い日の朝、いやおうなしに断食道場へ連れて行かれました。大阪城や森の宮の日生球場のすぐ近くにありました。

 その建物は、マンションをビルごと借りきったものでした。そのビルの各部屋に三、四人ずつ寝泊まりし、ミルク以外何も食べず、過ごすわけです。

 私が通された広い部屋では、十数人の人が横になり、マッサージを受けていました。しばらくそれを見ていたのですが、突然、主人が、
「あの人達は皆、末期癌で、医者から見放された人ばかりだ」というのです。それにしては皆元気そうに見えるけど、と感心して見ていましたら、「おまえもその一人なんだよ」
 と口ごもりながらいうのです。そのとき、主人の唇は震えていました。でも、そういわれてもピンときませんでした。ただ、
「卵巣が腫れているといわれていたのは、卵巣癌のことだったの?」といっただけで、それ程驚きもしませんでした。主人にしたら、私に向って「癌だ」ということはそれは大変な勇気が要ったことでしょう。

マッサージ

この記事は昭和62年10月発行の書籍『「主治医」はだんなさま』より転載しています。


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